うのもえ 第6話 「精神分析から交流分析へ」

私は、数ヶ月ぶりに、部室の扉の前に立っていた。
この数ヶ月間、本職に追われていて、この部室に足を運ぶことができずにいたのだ。
少し緊張しながら、扉を開ける。
Bさんが、少し眠そうな顔を、パソコンからこちらへと向けてくれた。


B「おう、C。久しぶりじゃん」
「はい」
B「元気にしてた?」
「ええ、まあ、ぼちぼち・・。Bさんもお元気そうでなによりです」
B「まあ、おれはな・・」
「Aさんは?」
B「ああ、あっちで寝てるよ」
「あ、ほんとだ。あれ、『SFマガジン』の1月号ですね。またうのもえですか?」
B「みたいだね。ほんと、好きだよな、あいつは」

S-Fマガジン 2008年 01月号 [雑誌]

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「もう議論は交わしたんですか?」
B「まあね。あいかわらず、あいつは宇野常寛さんにべったりでさ。あいつによれば、今回の宇野さんの結論は、こうなんだそうだ。つまり、『開かれた、網状の、しかし終局のある(=内在的な)人間関係(身近な共同体)を構成しつつ、しかし、その構成のためにこそ、自らの孤独を引き受ける。それによって初めて、暴力・虚無感・思考停止を回避しながら、流動性の高い現代社会(後期近代)を生きることができる』、と。で、Aはそれを絶賛するわけだね。深々と共感しながら」
「で、Bさんはどう思うんですか?」
B「うーん、どうだろうね。まあ、その結論そのものは、いいと思うんだよ。でもねえ、そのような抽象的な結論であれば、すでに、臨床心理学でのこれまでの議論と、変わらなくなってしまう気がする」
「へえ、その臨床心理学での議論というのは?」
B「おれが連想したのは、精神分析』(前期近代)から『交流分析』(後期近代)へ、という、流行技法の時代的変遷だね」
「?」
B「つまり、こういうことだよ。

  • 20世紀初頭のヨーロッパ(前期近代!)で生まれた「精神分析」は、いわば、「患者のゆがんだ超自我の代わりに、分析家の客観主義的で寛大な(=親として理想的な)超自我を――転移を通して――再インストールする」、という技法。
  • それに対して、20世紀後半のアメリカ(後期近代!)で生まれた「交流分析」は、いわば、「患者の超自我−自我−エスの構造(三つの自我状態のバランス)のゆがみを、周囲の人たち(身近な共同体!)による基本的肯定の反応(ストローク)を通して、直し、『自我(大人的自我状態)が超自我(親的自我状態)とエス(子供的自我状態)を支配してバランスをとる』という理想的自我状態を、もたらす」、という技法。


だから、精神分析から交流分析への心療技法の転換は、

  • 「分析家という超越的他者(私の全てを理解してくれる絶対的他者、すなわち、流動的近代社会に観測定点をもたらしてくれるもの)共依存する、あるいは、その超越的他者を内面化する生き方」(宇野さんの言うセカイ系


から、

  • 「周囲の内在的な他者たちとの人間関係(終局のある共同体)を構成することで、超越性を欠いたままに、理想(超自我)と現実(エス)とのバランスを保つ生き方」(宇野さんの言うポスト決断主義


へ、という「生き方モデルの転換」を意味している。


だとすれば、宇野さんが結論として提言した生き方、というのは、すでに、臨床心理学の分野では1960年代に提言されていた、ということになる。たとえば、その代表的著作は、エリック・バーン『人生ゲーム入門――人間関係の心理学』(原著1964年、邦訳1967年)だ。


まあ、たぶんね、宇野さんはこういう臨床心理学の大きな潮流を、知らないんだろうね。だから、サブカル研究で得た上の結論を、まるで最新の視点であるかのように、論じることができているんだと思うよ」
「あいかわらず辛口ですね・・」
B「まあね」
「でも、Bさんも、宇野さんの評論の内容を知って改めて、上のような臨床心理学の潮流の重要性を、再認識できたんではないのですか?」
B「まあね、そうかもしれないね」
「だったら、宇野さんの評論は、現代のぼくらにとって、価値がありますよ。だって、そういう重要な視点の、まさに現代的重要性を、再認識させてくれたわけですから」
B「まあね、そうかもしれないね」
「だったら、宇野さんを見下すような発言をしちゃあ、いけませんよ」
B「まあね、そうかもしれないね」
A「・・・るっさいなあーもう、寝かせてくれ・・・」
「・・・」
B「・・・」


人生ゲーム入門―人間関係の心理学

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